2025/10/15

熊の生息地域だもんね、そりゃ出るよね。

熊の看板が


怖いけど、森の中に入らないと、こういう景色は見られないわけで。

五色沼


沼の前のベンチには、クマよけの大きな鐘が置いてありました。

沼の前のベンチには、クマよけの鐘が置いてありました


そしてこれは、先日母の部屋を片付けてたら出てきた鈴で、深い意味もなく私のキーにつけていました。

母の鈴


そんなつもりではなかったのですが、それが結構よく通る音を出すので、歩きながらずっとチリ~ンチリ~ンと鳴らし続けてたんですよね。
母に守ってもらってたのかな。



見つけてくれてありがとう2025/10/04

実家の片付けをしています。

こんな可愛いお洋服を着せてもらったキューピーさんたちが入った箱が出てきました。
白い子だけが服にシミができていますが、ほとんど新品です。


見つけてくれてありがとう


母が作ったものでしょうか。
なんで大事にしまってたのかなあ。
もはや分からない。。。

この子たちの引き取り手、それは友達が勤める病院に決まりました。
「見つけてくれてありがとう」 という声が聞こえそうです。
これからは、病院のみなさんを癒してあげてね。




ラジオ2025/10/01

実家の片付けをしています。

いよいよ今月には業者さんに家財道具全てを回収してもらいます。
その中でも、テレビにテレビ台、電子レンジ、座卓、茶箪笥、お茶の道具、碁石 等。
母は大事に使っていたので、まだまだどれも現役で使えるんですよね。

ふと思いついて、母が最後の1年間をお世話になった施設に
「使われませんか」と尋ねてみたら、
この申し出を喜んでくださり、引き取りに来てくださいました。
施設とはご近所というのもあって、台車に乗せて何往復もしながら施設へともらわれて行きました。
また使ってもらえることになったよ。
少しはご恩返しになって、母も喜んでくれてたらいいな。

さて、翌朝。
リビングからテレビが消えてしまうと、がなくなってしまいました。
そうや、ラジオ。
母は寝る時にいつも枕元にラジオを置いてNHKの「ラジオ深夜便」を聴いていたんです。
それをつけてみると、ちょうどラジオ体操が始まる時間で音楽が流れてきました。
カラダは覚えてるんですね~勝手にカラダが動いてラジオ体操をすることに。
こんなリアルタイムでラジオ体操をするなんて、何十年ぶりでしょうか。

朝陽が差し込むリビングで、ひとり イッチニサンシ!
なんか知らんけど、気持ちがイイゾ~♪


ラジオ体操


ラジオについてるこの白い矢印は、母にラジオをあげた兄が、NHKのダイヤルのとこに合わせてシールを貼ったもの。母はそこからダイヤルが動かないようにしていました。




こけし石2025/08/23

母はなぜか丸い石を集めるのが好きで、ずっと前に
「あさちゃん、これにこけしの顔を描いてよ」 
と 言われたことがありました。
うんええよ~と、深く考えもせず、
そばにあったマジックでチョチョッと描いたのが、これ。

こけし石


こんな適当に描いたこけしなのに、母は大事に飾ってくれていました。

それを、実家の片付けをしてる間に、いつの間にか夫がうちに持ち帰って
「これ、飾ろうよ」 (ええ~~!)

仕方なく?母が作ったお座布団に座ったこけしさん、我が家の一員になりました。




歩く植物事典2025/06/19

と 周りから言われるくらい、母は植物の名前をよく知っていました。

道の端っこに咲いてる小さな花から、野山の花や植物、
「これは何?」 と訊けば、必ずすぐに答えてくれるのが母でした。
俳句をしていたのでなおさらかもしれませんが、名前のみならず、その植物についても詳しく教えてくれるのです。

そんな母の本棚に、こんな本が並んでいたので少しもらって帰ってきました。


母の本



当時はそこまで興味がなかったこともあって、教えてもらったことの半分も覚えてない気がしますが(ごめんね)、今はとても好きな分野。 
改めて読んで勉強しています。

本をめくる母の姿を想像しながら。




2度目の脳梗塞④2025/06/02

・5月26日
母は左半身麻痺、目を開けず言葉も発せない状態でありながら、ゆっくりと右手で私の腕をさすり、ほっぺたをさすり、そして頭をなでてくれました。
これはもしかしたら、残された最後の力をふりしぼって私に「お別れ」のメッセージを送ろうとしてるのでは・・・。

・5月27日
《午前》 母は認知が入っていないので、意識がハッキリしてるうちに伝えておきたいと思い
 「お母ちゃん大好きやで~。 ほんまありがとうね。 お母ちゃんの子どもで幸せやったよ~」 と 言うと、母はハッキリと頷いてくれたのです。
笑いながら言ってるのに涙は出るし、「わ~ヤバイヤバイ」 と 立ち上がってティッシュの箱に手を伸ばし鼻をチュンチュン。
母は静かに、そんな騒がしい私のドタバタを聞いていました。

《午後》 母のどこにこんな力が残っていたのかと思うくらい、右手でゆっくりと私の左腕をさすってさすって、今度は私の右腕を探して、またさすってさすって。 
本当によく右手が動きました。

「こんなんで寝てるの、しんどくない? どうしてもしんどかったら、お父ちゃん~って呼んだらええんやで。 そしたらお母ちゃんの事大好きなお父ちゃんが来てくれるよ」  「大丈夫やで。 大丈夫。 安心してな」
母は、今度は小さく頷いてくれました。

これで、お別れかな。
握ってた母の手をそっとお布団の上に置いて、
「じゃあ、京都に帰るね」

・5月28日夜
私と交替して来てくれた姉夫婦が、父が迎えに来てくれ穏やかに旅立つ母を看取ってくれました。
兄と私は間に合わなかったのですが、最期までコミュニケーションが取れたことで思い残すこともなく、穏やかでいられたのも母のおかげです。

母の希望通り、子どもと孫に囲まれて、おじいちゃんのところに旅立つおばあちゃんを見送りました。
96歳、人生を見事に生き抜き、本当にあっぱれな母でした。


最後に・・・
自分用の母の記録として書き留めていたのですが、
このブログを読んで心配してメールをくださった方、気にかけていただいた方、本当にありがとうございました。


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母の卒寿の祝いに、兄弟姉妹みんなで編んだ 句集「みづ菜」
(みづ菜は母の俳号です)

題字・写真・編集 それぞれが担当し、私は装画を担当しました。 
大好きな野花の中に居る 母。
これが母のイメージです。
 

母の句集




母の句集





2度目の脳梗塞③2025/05/20

今日がいつで、どこに居るのか、朝なのか夜なのか、目を開けず音だけを聞いてる母にはわからないんじゃないか、と ふと気がつきました。

そこで、「今日は〇月〇日何曜日午後〇時で、お天気は良くて、ここはどんなお部屋で、窓からの景色はこんなんよ」 などと 話して聞かせました。
母はしばらくじっと聞いていたのですが、そのうち右手を盛んに動かし始めました。
人差し指を空中でクルクル。
え、なに?  もしかして文字を書いてる?  筆談??
とっさに私の手のひらを差し出すと、そこに母は何やら書き始めたのです。

よ ?  ?  ?  ね

5文字ですが、 と  しかわからないよ~。 
もう一回書いて、と3回チャレンジして、やっと よ い ? ? ね
正しければ、右足で 「うんうん」 と 振ってくれるのです。
でも、なかなか解答できません。
さらにチャレンジして、頭をひねってやっとやっと分かりました。

よいひやね  つまり  良い日やね

私が、その日は(たまたま)私たちの結婚記念日だったので、そう言ったからなのでしょう。
ありがとう~ありがとう。 言葉を伝えてくれて。
いつもの何倍も嬉しい結婚記念日になりました。


そしてその後、母とジャンケンもしました。
ジャ~ンケ~ン ポン!!

母とジャンケン

それ、あ~いこ~で しょ!

母とジャンケン

わあ、負けた~。

母とジャンケン

母はほんとにスゴイです。

(続く)


2度目の脳梗塞②2025/05/19

順調に回復に向かってるように見えた母に少し安心して、きょうだいみんな一旦自宅に戻った入院5日目辺りでした。

脳梗塞が広がり肺炎も起こして発熱も。身体の左側が麻痺し、目を開けない、言葉も出ない状態になってしまいました。
熱は下がっても、そのうち血圧低下、心拍数低下、意識低下が見られ、
「早めに会っておいた方が良いです」 
との病院からの知らせに、また慌ててみんなで母の元へ駆けつけました。
ある程度の覚悟を持って。

管で繋がれ横たわる姿に何とも言えない気持ちになってしまいましたが、ここで悲しそうな声を出しちゃあいけないよ。
暗黙の了解で、みんなで明るく  「来たよ~。 ○○やで~」

母をさすり、(感覚のある)右手を握り、話しかけました。
耳は聞こえていて、幸い認知が入っていないので話の内容はちゃんと理解してくれていて、それに応えるように握り返してくれるのです。
その力強さよ。
その時、心拍数も ぐ~っと上がったのです。 (一時的にですが)
母は頑張ってくれてる。

そのうち、姉が 「あれ? 布団が動いてる」
布団の足元をそ~っとめくってみると、 なんと! 
母は右足首をピンコピンコと動かしてるではないですか。
布団の中で、動く右足で返事をしてるのです。

「痛いとこはない?」 と訊くと
「うんうん」 と足首で頷く。

足で会話

「苦しい?」 と訊くと
「ううん 大丈夫」 と言うように 左右に振る。
 
足で会話


足で会話をする母に可笑しくて大笑い。
やっぱり母は、こんなになってもお茶目で可愛いよ~。

「きっと、早く布団をめくって気がついて~ って思ってたんやで」
と みんなで笑いながら話してたのも、
母はきっと無表情の顔の裏側で、エヘヘと笑って聞いていたのだと思います。 

(続く)





2度目の脳梗塞①2025/05/08

「朝食に降りて来られないのでお部屋に行ったら、転倒した状態で意識が朦朧とされてたので救急搬送しました」
と 施設から電話があったのが4日の朝の事でした。

驚いて皆で駆けつけたところ、母は脳梗塞を起こしていて、そのまま入院することになりました。10年程前にも脳梗塞を起こしているのでこれで2回目。 
その時の後遺症で、達筆だった母がヘタクソなミミズ文字になってしまったのですが、それくらいまで回復したのもリハビリを頑張ったおかげでした。

今度も、きっときっと施設に帰ろうね!
そう言って励ますとウンウンと頷き、初日に力が入らなかった左手が、次の日にはギュッと握手できるようになり、みんなで歓声を上げてしまいました。

96歳の母、
ちっちゃくなった母、
ちっちゃな声で何度も何度も言いました。

「おおきに。 おおきに。 心配かけたな…」




50年前の両親


実家を片付けてたら、このタイミングで初めて見る50年前の両親の写真が出てきました。
お父ちゃん、守ってあげてね!





一年経ったね2025/03/23

母が心筋梗塞で救急搬送され、一時は覚悟をしたあの日から一年経ちました。
よくぞ無事に乗り越えてくれました。
実家に連れ帰ってケーキでお祝いしようねと言ったら、合掌する96歳。
当時の事は、あまり覚えていないんだそう。
それがいいよ。
しんどかった記憶なんて忘れた方がね。


1年経ったね


一緒に、大好きなつくし摘みに連れて行きたかったのですが、
お天気イマイチで寒かったので、母には袴取りをしてもらいました。
「袴取るだけでもええよ~」 と 指先を黒くしながら。


つくしの袴取り


そしてそんな事をしながら、昔話もいろいろと訊きました。
母が覚えていることを、今のうちにいっぱい教えてもらおうと思います。